京都メカニズム、特にCDMは、カーボン市場という概念を世界に実装した点で歴史的功績がありましたが、同時に多くの課題に直面します。
CDMの限界と市場の失速
京都議定書の第一約束期間(2008〜2012年)が終了に近づくにつれ、CDMの仕組みは機能不全の兆候を見せ始めます。
- 参加国の限定
第二約束期間(2013〜2020年)には、日本、カナダ、ロシアなどが参加せず(離脱し)、削減義務を負う国の範囲が限定的になりました。 - 制度の複雑性
カーボンクレジット発行(CER発行)に至るまでの国連(CDM理事会)による審査プロセスが非常に長く(数年単位)、コストもかさみました。 - 地理的偏在
プロジェクトが、安価で大規模な削減が可能な特定国(中国、インド、ブラジルなど)に極端に集中し、最も支援を必要とする後発途上国(LDCs)へ資金が回りにくい構造が問題視されました。 - 品質への疑義
一部のプロジェクト(例:HFC-23分解)が、カーボンクレジット売却益目当てに意図的に排出を誘発しているのではないか、といった「追加性」への根本的な疑義が生じました。
結果として、CERの需要(=削減義務を負う国の需要)が減少し、供給過多となったCERの価格は暴落(1トン=数円レベルにまで下落)し、2013年以降、CDM市場は事実上の停滞期に入ります。
ボランタリー・カーボン・マーケット(VCM)の台頭
一方で、京都議定書の枠組み(コンプライアンス市場)とは別に、1990年代末から2000年代前半にかけて、新たな市場が生まれ、成長していました。それが、第1章で触れた「ボランタリー・カーボン・マーケット(VCM)」です。
これは、法規制の遵守目的ではなく、企業のCSR(企業の社会的責任)活動や、自主的な環境貢献、ブランドイメージ向上などを目的として、企業や個人が「自主的に」カーボンクレジットを取引する市場です。
CDMの停滞を横目に、VCMは独自の発展を遂げます。
キーワード解説「VCMを牽引した民間スタンダード」
VCMの信頼性を担保するため、CDM(国連)とは異なる民間の認証基準(スタンダード)が設立されました。
- VCS (Verified Carbon Standard, 現 Verra)
2007年頃に設立。CDMの複雑性を反省し、より実務的で迅速な認証プロセスと、信頼性の高いMRVを両立させることで、世界最大の取引シェアを誇るスタンダードへと成長しました。 - Gold Standard (GS)
2003年にWWF(世界自然保護基金)などの環境NGOが中心となり設立。GHG削減効果だけでなく、プロジェクトが地域社会や生物多様性にもたらす「追加的な便益(コベネフィット)」(例:雇用の創出、水質改善)や、国連の持続可能な開発目標(SDGs)への貢献を厳格に要求する「高品質」基準として評価を確立しました。
日本の独自路線「JCMと国内制度の模索」
京都議定書の第二約束期間に参加しなかった日本は、CDMに代わる独自の国際貢献の枠組みを模索します。それが、2011年頃から検討が始まった「二国間クレジット制度(JCM:Joint Crediting Mechanism)」です。これは、日本の優れた脱炭素技術をパートナー国(主にアジアの途上国)へ移転・普及させ、その結果生じた削減貢献分を、両国で分け合うという仕組みです。
また国内では、CDMやVCMのノウハウを活かし、国内の削減活動を認証する「国内クレジット制度」や「J-VER」といった制度が試行され、これらが2013年に統合されて現在の「J-クレジット制度」が誕生しました。